フィリピン・セブ島の歴史を知りたい!という方にオススメの観光地!それが、スクボ博物館(Museo Sugbo)です。元々刑務所なんですが、いまは博物館です。
Museo Sugboとは?
Museoはスペイン語で美術館。Sugbo(スクボ)はセブがスペインに占領される前の名前。つまり、Museo Sugboはセブ博物館です。歴史が好きならこのセブ博物館は楽しいです。
昔の地図では、セブはSugboとかZubuと書かれています。上はサン・ペドロ要塞にあったセブの地図ですが、zzubuと書かれてます。なぜかzが2つある。
スクボ博物館は、セブ留学している生徒にオススメしたい。だけど、週末はやってないのが悩ましい。土日休みです!
昔の口コミでは入場料が無料と書かれていますが、料金は50ペソでした。あと営業時間が変わってました。Google Mapsでは営業時間が15時まででしたが、16時30分まで営業してました。
ボランティアガイドに英語で説明してもらおう
この博物館はボランティアガイドがいるので、ガイドの説明を受けながら見るのがオススメです。英語の勉強になりますよ。
刑務所だった場所が博物館になっているので、いくつかの部屋に分かれています。部屋ごとにテーマがある感じです。
昔のセブでは、金が豊富だったそうです。原住民は、金の宝石をスペイン人の鉄の釘と交換することを躊躇しなかったそうです。そんな驚きのエピソードが最初の部屋に書かれていました。
According to written accounts by pioneer Spanish explorers and missionaries, gold was a most common product in Cebu. Because of its abundance, natives did not even hesitate to barter with the Spaniards their gold jewelry for iron nails.
In fact, one of the orders decreed by Miguel Lopez de Legazpi upon arrival in Cebu in 1565 was to punish any Spaniard who desecrated old native graves while looking for gold, stating that any gold on the island was property of the Spanish crown.
スクボ博物館
マゼランとラプラプ王とフマボン王
定番のマゼランとラプラプ王とフマボン王の話もあります。僕はこの3人の話が大好きです。
ラプラプ王がマゼランを殺しのが、ラプラプの戦いです。このとき、スペイン軍50名、セブ軍50名。一方、ラプラプ軍が1500名。
この人数差は違和感がありました。
フィリピンの島々の当主のイラスト。真ん中がラプラプです。
こちらはフマボン王。マゼランの助けを借りて、ライバルのラプラプ王を倒したと書いてます。
ちなみに、フマボン王やラプラプ王の体には、三角の刺青がたくさんあります。この三角の数は殺した数だそうです。
マゼランの航海ルートを見ると、スルアン島から入って、セブに入って、パラワンに行ってるんですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/マゼラン艦隊の世界周航の年譜
- 3月16日: マゼラン艦隊がフィリピン諸島に到達。スルアン島に向かい、休息のため数時間投錨。スルアン島は東サマル州の小島。続いてホモンホン島(同じく東サマル州)に移動して投錨。艦隊一行はディマサワにいたコランブ王(フマボン王)の船隊に見つかり、後にその招きで4月7日、セブ島へと案内された。
- 3月31日: フィリピン初のミサをリマサワ島で挙行
- 4月7日: セブ王国に到着
- 4月27日: マクタン島の騒乱でマゼランが戦死。後任の共同指揮官にはセラーノとバルボーサが投票で選出。
- 5月1日: セブ王の宴会でバルボーサほか、27人の船員が殺される(バルボーサとセラーノの共同指揮官選出と同時にビクトリア号の新船長に就いていたアフォンソ・デ・ゴイスも)。セラオン(セラーノ)が囚われ、後に殺される。残された3隻はすぐに出航。
- 5月2日: 人員が減り、3隻の維持が困難になったため、害虫による損傷が進んだコンセプシオン号を焼却処分。ビクトリア号とトリニダード号のみとなる。ゴンサロ・ゴメス・デ・エスピノーサがビクトリア号の船長に就任。艦隊指揮官にはジョアン・ロペス・カルヴァーリョが就任。ミンダナオ島、ブルネイを目指す。
- 9月21日: 艦隊指揮官をカルヴァーリョからエスピノーサに交代。フアン・セバスティアン・エルカーノがビクトリア号の船長に就任。
セブ王が戦略家な気がする。フマボン王です。
最終的に世界一周をしたビクトリア号
いろんな展示物があって見応えがあります。
日本との戦争時代の展示もあります。第二次世界大戦、大東亜戦争時代です。その部屋の説明がサラッとしていたのは、僕が日本人だったからだと思います。次回は、「韓国人です」と言って、ゆっくり見てみようと思います。少し勉強して知識を入れてから行った方が楽しいです。
スクボ博物館の場所
スクボ博物館の場所は、セブシティの海のほうです。韓国人経営の語学学校シピルスから徒歩1分。