プログラマのオーストラリアのITワーホリ体験談です。ワーキングホリデーはホリデーなので、ワーホリでキャリアアップするのは難しいと僕は考えています。ただ、スキルがあればスキルを活かして別のスキルを伸ばすことが可能です。ワーホリでは何の仕事をするかが大事です。
セブ島でプログラム講師を務める一戸さんは、ITスキルを活かしてワーホリで海外を渡り歩いてます。日本、オーストラリア、ニュージーランド、セブで働いた経験を聞いてみました。海外で働きたいプログラマ必見!
プログラマのオーストラリアのワーホリ体験談
海外のワーホリ経験の前に、日本での開発経験を聞かせてください。どういう経緯でプログラマになったんですか?
はじめてパソコンを触ったのは大学の授業です。1998年ですね。私は工学部で、情報系の専攻ではないんですけど、大学の必須教科のC++のプログラムが楽しかったんです。インターネットもどんどん普及していく雰囲気があって、今後はITスキルが必要だと感じたんです。それで、大学を卒業した2002年の4月にシステム開発会社に就職してプログラマになったんです。
入社したのは、創業10年ぐらいのシステム開発会社でした。Windows環境で受託と自社サービスの両方をやっていて、そこでVBを覚えました。開発メンバーは20人から100人ぐらいでした。私が入社した時期に、Webシステムの案件が増えてきたので、私はWindowsサーバーのIIS環境で動くVBAの仕事がよくしていました。あと、データベースのオラクルゴールドの資格を取ったので、途中からはいろんな案件のデータベースのSQLチューニングをしていました。
データベースに強いプログラマだったんですね。なぜ会社を辞めたんですか?
その会社には2年半いて、技術は学べたし、いろんな仕事があるのもわかったけど、データベース担当みたいになってしまって。データベースルは好きなんですけど、もっといろいろ経験したかったんです。システム設計がしたかったけど、技術は学べるけど、上流工程はいつ経験できるかわからないと思ったので。小さい会社に転職しました。
自社サービス開発プログラマ(日本)
転職して入社したのは、できたばかりの少人数のベンチャー企業です。受託ではなくて自社開発です。自社サービスを立ち上げて、売っていく会社でした。
入社した時にもうサービスはできてるんですか?
できかけでした。入った時は、企業のサーバーにインストールするシステムだったんですけど、それをWebサービスにしていったんです。ここもWindows環境での開発で、その会社ではじめてSQLサーバーを使いました。そのサービスは今もあります。
その会社ではいろいろ経験できて、よかったんですけど、5、6年働いて、30歳手前になった時に自分のキャリアを考えたんです。海外で働いてみたかったので会社を辞めたんです。
ワーホリでゲストハウスで働く(ニュージーランド)
仕事が好きだったので、仕事ばかりしてて、旅行も行ってなかったので一度海外に出てみようと思って、旅人になりました。旅は好きだったんですが、あまり海外に行ったことはなかったので、ニュージーランドにワーキングホリデーに行ったんです。
なんでニュージーランド?
アメリカ、カナダ、オーストラリアは治安が悪いイメージがあったんです。でも、ニュージーランドは日本と同じで四季があって、ヒツジもいて、平和そうだなと(笑)。
英語はできたんですか?
全然できなかったです。英語は苦手だったので、会社務めの最後は日本の英会話教室に週に2回ぐらい通ってました。マンツーマンレッスンで1年間頑張って、ニュージーランドでも困らないぐらいになったと思ったんですけど、行ったら全然通じなかったです…。それで、3ヶ月学校に入りました。授業料は高かったですけど、生活はどうにかできるところまでは上達しました。
ニュージーランドの学校の留学費用は?
ホームステイの費用込みで1ヶ月13万ぐらい。食事は別です。2008年の終わり頃で、リーマンショックで安かったんです。円高だったので生活費も安かったですね。
ワーホリでどんな仕事をしたんですか?
その時の英語力は買い物ができる程度だったので、レストランの仕事ぐらいしか応募できなかったんです。でも、日本食レストランで働くために、ワーホリに行ったのではなかったので、無理にレストランで働くのはやめて、ゲストハウスで働きました。ゲストハウスで働くと滞在させてもらえるのでお金を節約できるし、いろんな国の人がいるので英語も使えるんです。観光もしたかったので、ゲストハウスを転々としながらニュージーランドに1年ぐらいいました。
ゲストハウスで働いて英語は上達するんですか?
上達しました。宿泊者がいろいろ英語で聞いてくるんです。最初は困りましたけど、分からない単語があっても、別の言葉を引き出す技が身に付いて、だんだん慣れていきました。分からない単語はメモして、あとで調べて、勉強もしてました。
じゃ、学校に行かなくてもゲストハウスを渡り歩けば英語は上達する?
でも、私は学校に行ってよかったです。最初は場所も分からないから、どこに行ったらいいのかも分からないし。それに、英語に慣れるには、先生に教えてもらうほうが早いです。
語学学校で英語の下地を作ってから、ゲストハウスで働いたのがよかったんですね。
ワーホリでウェブシステムの開発(オーストラリア)
日本に帰ろうと思ってたんですけど、日本人の友達がオーストラリアにいて、ニュージーランドよりもオーストラリアのほうが仕事がいっぱいあるよって教えてくれたんです。ニュージーランドではいろいろ経験したんですけど、まともに働いてなかったので、オーストラリアで働こうと思って、ワーホリビザで入ったんです。
それで、日系のIT企業で働きました。留学生に携帯のレンタルをしてる会社で、ウェブサイトにログインしたら携帯の利用明細を見れるシステムを作りました。
そんな仕事がワーホリであるんですね。
あります。シドニーにはITスキルを活かす仕事はいっぱいありました。プログラマにはオーストラリアのワーホリはオススメです。日本ではずっとWindows環境の開発だったんですが、海外ではLAMP環境なので、Linux、PHP、MySQLはオーストラリアに来てから勉強しました。
サーバーの知識はいつ学んだんですか?
システム運用をしないといけなかったので、引き継ぎの人に教えてもらって、あとは自分で勉強しました。
ワーホリの時給はいくらぐらいですか?
その時のオーストラリアドルのレートは100円を切るぐらいで、確か時給28ドルぐらいだったと思います。スーパーの定員さんで19ドルぐらいで、オフィスワークは25から30ドルぐらい。オーストラリアはフルタイムでもパートタイムでも時給です。シェアハウスが一般的なので、生活費用が抑えられるので全然生活できます。
手に職ですね。10年近く日本で働いて得たITスキルがオーストラリアで活かされたわけですよね。どれぐらいワーホリで働いてたんですか。
2年ぐらいです。最初はワーホリビザで、途中で学生ビザに切り替えました。学生ビザでも何時間か働けるので。
オーストラリアでも英語学校に行ったんですか?
行きました。オーストラリアに移動した時に、ニュージーランドとの英語の違いにちょっと戸惑ったんです。シドニーの語学学校は留学費用がそんなに高くなかったので、学校に行きました。あと、会社が日系だったので、英語を使う機会が減ったので英語に触れておきたくて。でも、海外に住んでいると生活で使う言葉は同じなので慣れますね。
ワーホリでVBアプリ開発(オーストラリア)
せっかくオーストラリアに住んでいるので、ローカルの会社に挑戦したくなって、ローカル企業にレジメを送ったんです。そしたら、オーストラリア人が6割ぐらい働いてる日系のIT会社に受かったんです。大規模なシステム改修があって、プログラマが全然足りてなくて、そこでVBでアプリを作ってました。ワーホリビザではなく、学生ビザでパートタイムで働いてました。
その会社はプロジェクト単位の契約だったので、3ヶ月の短期でしたけど、働いてる人がインターナショナルだったので、良い経験ができました。オーストラリアは定年がないので、オーストラリアのおばあちゃんが同じフロアでアカウンティングの仕事をしていたり。中国人とかインド人とかパキスタン人とかいろんな国のプログラマがいて楽しかったです。全部英語ですし。望んだ環境でした。
仕事の難易度は?
そんなに難しくなかったです。
フリーランス契約で広告管理システム開発(オーストラリア)
で、プロジェクトが終わって、日本に帰ろうと思っていたんですけど。友達がオーストラリアの永住権を取ろうと頑張ってたんです。ITなら永住権が取れるってみんなに言われてたので、もう少し働いてチャンスを探ってみようと思ったんです。
それで、日系のITベンチャーとフリーランス契約して、案件単位で働きました。日本人向けの生活情報のウェブサイトを運営してる会社で、広告管理のシステムを作ってました。ウェブサイトも改修しました。
プログラマは私1人で、環境構築が1人、デザイナー1人で、3人体制でした。仕事の難易度はそれほど高くなかったんですが、perlをphpに変える作業がボリュームが多くて大変でした。給与はローカルの会社のほうがよかったんですけど、働き方はかなり自由になりました。たまに家で作業したりして結局1年半フリーランスで働きました。
永住権はとったんですか?
とってないです…。アイエルツが6.0以上ないと永住権は申し込みもできないんですけど、3回受けて、最高が5.5だったんです。結構頑張ったんですけど、0.5が遠かったです…。英語力が届かない状態で、仕事も忙しくなってきたので。本当にオーストラリアの永住権が欲しいのか考えたら、そうでもなかったので日本に帰りました。5年ぐらい海外に出ていました。
旅人だけどずっと働いてたんですね。仕事にも生活にも困らず旅してるんですよね。
はい(笑)。ニュージーランドではお金がなくて困った時期もあったんですが、日本人用の生活情報のサイトに載っていたウェブサイトの改修の仕事に応募して、まとまったお金を作りました。仕事に恵まれて、特に困らず生きてきました。
プログラマ講師(セブ)
日本に帰ってきて、オーストラリア以外でも働けるかもと思って、海外の仕事を探したら、セブ島のネクシードのIT留学を見つけたんです。セブってどこか分からないけど、面白そうだから、渋谷の説明会に行ったんです。
何の募集だったんですか?
セブで英語とITを勉強する生徒の募集です。
開発経験が豊富なのに、生徒として参加したんですか?
未経験者が対象って気付いてなかったんです…。それで、説明会が終わって帰ろうと思ったときに、採用のトップの方が話しかけてくれて、いろんな話をしたんです。面白い人と思われたみたいで、実は講師も募集してるよって教えてくれたんです。
講師に興味があったんですか?
ありました。オーストラリアで業務を拡大する時にプログラマを募集したんですけど、ITスキルがあるプログラマが海外には全然いないんです。たまにIT業界の人がいても、楽天で営業してたとかそういう方ばかりなんです。だから、少しSQLを書いてた人とかを採用して独自にトレーニングをやってたんです。
日本でも、5年いた会社で人が足りないときは教えてました。いろんな会社で教えてたし、教えるのは好きだったから講師の仕事もいいなと思ったんです。それでセブに行ったんです。もうちょっとで3年経ちますね。
この3年間はIT講師なんですよね。もう開発してないんですか?
基本的には生徒に教えてるんですけど、開発もしてますよ。繋がりで依頼されてWordPressでサイトを作ったり、生徒に教えるために、サンプルのアプリを作ったり。
今後はどうしていくんですか?
ネクシードの環境は面白いので、今はもっといたいですけど、機会あれば他の国も見に行きたいです。あと、できれば、日本で自分のビジネスを作りたいです。青森出身なんですけど、田舎の雇用を増やしたいと昔から思ってるんです。地元でビジネスを作れれば、同じ問題をかかえた他の田舎にも応用できると思うので。私の実家は本当にすごい田舎なので社会に出る前から地方活性にすごく関心があるんです。ネクシードは会社の成長スピードが早いので個人や組織が成長するにはどうしたらいいのか、勉強させて頂いてます。
ネクシードはセブ留学の語学学校なんですけど、働いてる人は英語を教える場所ではなくて、グローバル人材を育成する場所を目指しているんです。異文化を受け入れられないと海外に出にくいので、ネクシードを入口にして、ここでグローバルマインドを育てて、海外に出て欲しいです。この学校はかなり異文化なので、スタッフとして働くのも、生徒として勉強するのも面白いと思います。
海外と日本のエンジニアの働き方の違い!英語とITスキルがあれば海外で働ける!
(2016年11月11日(金)セブにて)
編集後記
僕は元プログラマですが、海外で働きたいプログラマにはオーストラリアのワーホリはオススメだと思いました。ITスキルがあればスキルアップできそう。上手にワーホリを使ってください。彼女はいまセブ島でプログラムを教えています。興味ある方は検討してみてください。
Podcast: Download (Duration: 21:28 — 9.9MB)